1 帰還

2011311日の東日本大震災の死者は日本全国で19,579人。行方不明者が2,577人。死者・行方不明者の合計は22,156人である。最も多くの死者が出たのは、宮城県で10,563人(行方不明者 1,227人)である。岩手県は死者5,136人(行方不明者 1121人)。福島県の場合は死者3,762人(行方不明者 225人)だった(消防庁調べ 201791日現在)。

岩手、宮城、福島の3県は太平洋岸に長い海岸線を持っている。歴史をひもとけば、この3県は繰り返し津波被害を受けている。津波が来るたびに人々は逃げまどい、津波が引くたびに人々はまた海岸線にもどり、普通のくらしをはじめた。

だが、福島県の太平洋沿岸の地域では、これまでと様相を異にした。

震災関連死という不吉な言葉がある。2012年に復興庁が震災関連死を次のように定義した。「東日本大震災による負傷の悪化などにより死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった者」。震災で治療を受けられなかったため既往症が悪化して死亡した人、避難所生活での肉体的・精神的な負担により死亡した人などが災害弔慰金の支給対象になる。2012331日までの東日本震災関連死者は、岩手県で193人、宮城県で636人、福島県で761人だった。

およそ5年後の2017331日現在での復興庁の調べでは、震災関連死者の累計は福島県が2,147人、宮城県が926人、岩手県が463となった。消防庁調べの201791日現在の福島県の震災死者が3,762人で、同年331日現在の関連死者2,147人を引くと、震災による直接死者は1,613人になる。直接死よりも関連死の方が多い。岩手県の直接死者4,673人、関連死者463人、宮城県の直接死者9,540人、関連死者926人と比べて、福島県の関連死の数字は突出している。

福島県の場合、地震と津波の被害に加えて、東京電力福島第1原子力発電所の爆発事故で、太平洋沿岸部の多くの市町村が放射能に汚染された。津波が来なかった山間部の住民も、放射能汚染に追われて住み慣れた地域を捨て、福島県内の他の市町村や、全国の市町村に逃れた。避難を余儀なくされた地域は太平洋沿岸の12市町村に及んだ。原発事故の約1年後、避難者数は164,865人に達した(福島県ホームページ)。福島県の人口が当時188万人だったから、ピーク時には人口の1割弱が避難のために故郷を離れた。201710月には避難者は54,579人に減少したが、それでもなお人口の約3パーセントがデラシネ状態だ。

旧ソ連邦時代の1986年に原子炉がメルトダウンしたウクライナのチェルノブイリでは今なお原発跡から30キロ圏内以内は立ち入り禁止のままだ。福島第1原子力発電所のメルトダウン・水素爆発事故も、国際原子力・放射線事象評価尺度(INES)で、チェルノブイリと同規模の深刻な事故を意味するレベル7と事故直後に暫定評価された。

福島では第1原発から汚染半径20キロ圏内と、20キロ圏外であっても放射線量の高い地域に避難指示が出た。福島では汚染地域の除染が進み、20174月までに、福島第1原発すぐ近くの大熊町、双葉町をのぞいて避難指示が解除された。その他の町村でも線量の高い一部の地域の避難指示は解除されていない。

20166月に避難指示が解除された内陸部の川内村では、避難していた人のうち2,196人がすでに村に帰り、なお517人が避難を続けている(20179月現在)。一方、浪江町では町の中心部にあたる地域が20173月に避難指示解除となったが、なお20,681人が故郷に帰って来ていない。20178月現在で、浪江町に住んでいる人はわずか326人である。同じように20173月に避難指示が解除された内陸部の飯舘村では20179月現在、5,475人が避難先にとどまっている。村の住民登録者は6,509人である。

この先、福島第1原発で廃炉作業が延々と続く。村や町は再生できるのだろうか? 故郷に帰りたい人が故郷に帰れる日が来るのだろうか?



2 漁港の風景

福島県浪江町の請戸漁港。海鳥がのんびりと翼を休めていた。



請戸漁港は20173月末をもって町の行政区域の一部が避難指示を解除された浪江町の、当然のことながら、海沿いにある。漁港には6年ぶりに漁船が戻って来ていた。漁港としての本格的な施設はまだ工事中で、漁船が係留できる程度の状態にとどまっている。

福島の農業も、そして漁業も、福島第1原発の爆発事故で被った放射能汚染によって苦しい展開を強いられている。用心と風評被害は紙一重だ。

1原発事故以前は、海で獲れた魚については、その販売にあたって、漁獲水域名、または地域名を記載する決まりになっていた。水域名の記載が困難な場合は水揚港名、または水揚港が属する都道府県名を記載することができるきまりだった。

たとえば、福島沖で獲れた魚を「福島沖」「福島県」とすることも「日本太平洋北部」とすることも可能だった。しかし、この決まりごとは東日本大震災による福島第1原発爆発以後、その区分が行政官庁によって厳格化された。福島沖で獲れた沿岸性魚種の魚についてはすべて「福島県沖」と明記することになった。回遊性の魚については、福島県の陸地から200カイリ以内に漁場があった場合は「福島県沖」とし、200カイリの外の場合は「日本太平洋北部」とすることに改められた。

魚に「産地 福島県沖」とラベルを張っても、それが売れ行きの邪魔にならなくなるまでには、この先長い時間がかかることだろう。

請戸港に係留されている漁船のマストの向こうに高い塔やクレーンが見える。福島第1原子力発電所だ。請戸港は第1原発から6キロほど北方に位置している。大地震が起きる可能性があること、津波の襲来がありうることは理解していたが、今日明日にもそれが起こると恐れていた人は極めて少数だった。津波によって原発が重大事故を起こすことにおびえていた人も多くはなかった。人その日その日を生きるため、潜在的な恐怖と馴れ合う。

 

いま日本国内に42基の原子力発電炉がある。九州電力の川内原子力発電所の12号機と、関西電力の高浜原子力発電所3号機、4号機をのぞいて、201712月現在、38基が、東日本大震災による運転停止や定期検査などで運転を停止している。18基の廃止も決まっている。

一方で、青森県の東京電力東通1号機など3基が建設中だが、東日本大震災の影響で工事は進んでいない。また、九州電力川内3号機など6基が建設準備中である。福島第1原発の惨状の記憶が国民の記憶に残っている間は、これらの建設が進むかどうか、定かではない。

長い目で見れば、用地取得難で新しい原発建設は難しくなり、寿命40年の(延長しているものもあるが)原発は自然消滅へと向かう。こうした状況にあっても、エネルギー関連業界、関連官庁、関連政治家は原発推進の旗を降ろしていない。

国際エネルギー機関(IEA)2014年の資料によると、世界各国の原発依存度(総発電量)は、@フランス76%Aウクライナ45%Bスウェーデン39%C 韓国28%Cイギリス205%Dアメリカ19%Eロシア17%Fドイツ16%Gカナダ15I中国2%の順である。日本は2011年の東日本大震災・福島第1原発爆発事故以降全ての原発を停止していた。日本は設備としてはアメリカ、フランスに次いで世界第3位の電力供給力を持っている。

福島第1原発の惨状を知ってドイツ、スイス、ベルギーなどの政府が原発廃止を決断した。これらの国がどんな理由で、あるいは理念に基づいて、原子力発電に終止符を打とうと決断したのか、日本にはそのことが詳しく伝わってこない。

オーストラリアは世界のウラン埋蔵量の3分の1を保有している。カザフスタン、カナダに次ぐ世界で3番目のウラン生産国だ。しかし、オーストラリアはこれまでに原発を持ったことがない。オーストラリアは豊富に産出する石炭を焚いて火力発電に徹してきた。福島第1原発爆発事故、メルボルンで恩師の大学教授にあった時、「地球温暖化のことでは世界のみなさまに申し訳ないのだが……」と、原発を持たない政策に賛同の意を示していた。

オーストラリアは火山も地震も極めて少ない国の1つだ。逆に、日本には110もの活火山がある。日本の国土の面積は約38万平方キロメートルで、世界の陸地面積の0.25%に過ぎないというのに、世界中の火山の約7パーセントを日本は抱え込んでいる。また、地震についていえば、世界中のマグニチュード6以上の大地震の22パーセントが日本で発生している。

20171213日、広島高裁が愛媛県にある四国電力伊方原発3号機の運転を禁じる決定をした。広島地裁の運転を認める判断を覆した決定である。熊本県の阿蘇山が過去最大規模の噴火をした場合、海を挟んで130キロ離れているが、伊方原発も火砕流の影響を受けないとはいえないというのが、運転禁止の理由だ。

東京電力と関係機関は福島第1原発の建設にあたって、ありうる津波の高さの予測に失敗した。爆発事故を起こした14号機は海抜10メートル。難を免れた56号機は海抜13メートルだった。3メートルの差が明暗につながったのである。では、どのくらいの海抜であれば100パーセント津波から難をのがれることができるのか? 

日本列島は、北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート の4つのプレートの上にある。天が崩れるのではないかと案じるのが杞憂だが、日本人が踏みしめている大地はいつ大揺れするか、だれも予測できない。そもそも荒ぶる惑星・地球の営みをコントロールする術などない。その意味で広島高裁の判断を杞憂ということはできない。日本列島は原発立地に適していない。



請戸港の工事現場の南の端から福島第1原発が見える。第1原発の後始末のために、毎日7千人の人が構内で働いている。福島県内の人が半分、県外の人が半分。福島県内人の多くが原発に近い「浜通り」の人だ。原発事故で迷惑を受けた人が、その後始末のために働いている。別の言い方をすれば、原発が運転されていたころは原発関連の大きな雇用が生み出され、爆発後はその後始末でまた雇用が生じた。

なんともやるせない風景である。



3 国道6

東京・仙台間を太平洋岸沿いに結ぶ国道6号は、福島第1原発の爆発と放射能拡散で原発周辺の道路の通行が制限されてきた。現在では、富岡町の北側の一部と大熊町―双葉町内の国道6号が規制を受けている。第1原発は大熊町と双葉町の海岸沿いにまたがっていて、これらの地域はなお帰還困難区域の指定を受けたままだ。

これらの地域を通る国道6号は屋根つきの4輪自動車であれば通行できる。車の窓を閉め、エアコンは外気を取り入れない室内循環にセットし、決して路上に車を止めて道路に出ないように、というのが通行の心得である。バイクで走ることはできない。ということは、4輪自動車でもオープンカーはダメだろう。

 

国道6号から大熊町や双葉町に入る生活道路はすべてバリケードで封鎖されている。特別の許可を受けた車でないと町内に入ることはできない。完全なゴーズタウンだ。バリケードの前には警備員がいて通行許可証をチェックしている。警備員の服装はごく普通の警備員の服装で、放射能対策用の装備は身に着けていない。居住するには危険性があるが、屋外勤務には危険性のない放射能値なのだろう。

 

大熊町や双葉町の放置された家屋ではネズミが大量発生しているそうである。福島県は数年前に「避難指示区域におけるネズミ対応マニュアル」というパンフレットを出した。

 

国道6号沿いの大熊・双葉両町の風景をながめた。走る車から道路沿いの風景を、遅めのシャッタースピードで撮影した。車の揺れもあって、風景が滲み、流れた。

 

さて、ヒロシマ・ナガサキ被爆に由来する反原子力の機運の高かった戦後日本が、原子力の平和利用のかけ声とともに、原発推進に舵を切ったのは195312月の当時のアイゼンハワー米大統領の国連演説「核の平和利用」(Atoms For Peace)がきっかけである。1949年から始まったソ連の核実験によって、核の米独占が崩れた。そこで、既存の核保有国だけに独占的な核兵器の保有を認め、その他の国には非軍事面での核の平和利用を推進させようとした。

米国はインドやパキスタンなどに平和利用の援助と支援を与えたが、やがて両国とも平和利用の垣根を越えて軍事利用に進んだ。インドはカナダから提供された研究炉からプルトニウムを取り出した。中国の核武装を恐怖と感じたインドは核武装に進み、インドの核武装に脅威を感じたパキスタンも核兵器を持つにいたった。

日本もアメリカの支援で核の平和利用に走り出した。19667月に日本原子力発電が日本初の商業用原子力発電所として営業運転を開始してから半世紀、日本がためこんだ未照射分離プルトニウムは46.9トンになる(国内保有9.8トン、国外保有37.1トン、201781日内閣府発表)。プルトニウムは核兵器の材料になることから国際的に厳しく管理されている。日本のプルトニウム保有量を諸外国は潜在的脅威と感じている。日本核武装への懸念、テロの標的、周辺諸国のプルトニウム生産競争の引き金、などがその理由である。

日本にある発電用原子炉はすべて軽水炉でそこから出た使用ずみ燃料を再処理して得たプルトニウムでは核兵器は製造できないという説と、効率や性能は劣るが核兵器を造ることは可能だという説がある。本当のところは、やってみないとわからない。

東日本大震災・津波・福島第1原発爆発事故があった20113月に先立つこと5か月ほど前の2010103日放映のNHKスペシャル『“核”を求めた日本』が1969925日の外務省『我が国の外交政策大綱』を日本の核政策の底流にある考え方として、紹介したことがある(番組はインターネットのyoutubeで見ることができる。単行本にもなった)。

「核兵器については、NTPに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘を受けないよう配慮する。又核兵器一般についての政策は国際政治・経済的な利害得失の計算に基づくものであるとの趣旨を国民に啓発することとし、将来万一の場合における戦術核持ち込みに際し無用の国内的混乱を避けるように配慮する」

『我が国の外交政策大綱』はすでに秘密指定を解除され、外務省のホームページから入手が可能である。外務省はNHKにすっぱ抜かれた資料の説明・弁明のために、いくつかの資料をホームページで公開している。『我が国の外交政策大綱』はその中の1つである。

中国やインド、それに今では北朝鮮も核保有国だ。日本は核兵器を持たない二流国になったし、もし何らかの事情でアメリカが日本にさしかけてくれている核の傘に裂け目ができた場合、日本の安全保障はどうなるのか、と心配する人がいる。「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」という1969年の『我が国の外交政策大綱』の一文が頭から離れない人たちである。「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」「非核三原則により、政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している」というのが今の安倍内閣の考え方だ。政府が原発存続にこだわるのは経済効率(ほんとうに経済的に効率的なのかどうか、これもまた議論のあるところだが)だけではなく、国家の面子や安全保障上の思惑もあってのことだろう。



政治のリアリストを自称する人たちは、ゴーストタウンにネズミがはびこる荒涼とした風景など歯牙にもかけない。



4 フレコンバッグ

福島第1原発周辺の市町村では、町のあちこちの空き地・休閑地に放射能除染作業で片づけた土などを詰め込んだ黒い袋が積み上げられている。



「フレコンバッグ」と人は呼ぶ。フレキシブル・コンテナ・バッグの省略形だ。英語の “flexible intermediate bulk container”の日本訛らしい。山積するフレコンバッグの数は現在1000万個とも、最終的には2200万個になるともいわれている。一つのフレコンバッグに約1トンの汚染土が詰め込まれている。

仮置き場に野積みされているフレコンバッグは、防水シートの上に土塁のように積まれ、その上をまた防水シートで覆ってある。やがて町全体がゴミ屋敷化してしまうおそれがある。環境省は福島県内の除染作業で出た土・廃棄物を、中間貯蔵施設をつくり、そこに集める作業を進めている。「中間」というのは、最終処分までの間、保管しておくという意味である。

中間貯蔵施設は大熊町と双葉町にまたがる福島第1原発の敷地を取り巻く形で造られている。環境省は地権者と交渉を進め、これまでに半数の地権者から土地利用の承諾を得ている。

大熊町と双葉町はまだ帰還困難区域の指定が解けていない。ゴーストタウンである。やがて、町民が故郷に帰還できるようになった日、彼らを迎えるのは中間貯蔵施設に集められた汚染土壌である。中間処理施設に集めた放射能汚染土壌は、最終処理をどこで、どのように行うかがまだはっきりと決まっていない。環境省の有識者検討会では、一定の条件と対策の下で、放射能汚染土壌を公共工事で使う方針を打ち出している。中間処理施設で保管する量を減らすためだ。

汚染土壌は2044年度末までにすべてを福島県外で最終処理しなければならないのだが、受け入れ先の決定が難航するなどして最悪の場合、中間貯蔵施設が最終処理場に代わる可能性があると地元は不安がっている、とメディアが伝える。



廃棄物がたまっているのは福島第1原発の構内も同様である(構内図はこちら)。

爆発で壊れた原発建屋に流れ込んだ汚染地下水を汲みだして保管するためのタンクが構内に次々と建てられている。林立するタンクの数、1000基(毎日新聞朝刊 2017225日)。第1原発の廃炉作業は30年以上かかるが、あと4年もすれば構内にはタンクを建てるスペースがなくなるという。

建屋に入った地下水はセシウムなどの放射性物質を除去したのちにタンクに移される。1日あたり360トン。毎日新聞の取材に対して東京電力関係者は、タンク内の水は規制基準では希釈して海に流せる数値の範囲内だが、風評被害を懸念して敷地内で保管している、と答えている。

フレコンバッグと同じように、希釈して太平洋の沖合に流せばよいなどと、そのうち環境省が言い出す可能もある。東京のオリンピックが終わったころを見計らって。そういえばおもいだすなあ、昔は東京の汲み取り便所の黄金水をはしけ積んで、東京湾の沖合で放流していた。
壊滅した建屋に地下水が流れ込まないように、建屋の周辺を深さ30メートルの凍土壁で囲む工事もあまり効果が上がっていないようだ。朝日新聞(2017121日)が伝えるところでは、好天が続けば効果はあるが、台風で大雨が降ると地下水の水位が上昇し、建屋に大量の水が流れ込む。お天気次第の頼りなさがあるらしい。

それで、今では井戸を掘って地下水をくみ上げて、建屋に流れ込む地下水の量を減らす作業も同時に行っている。

福島県と福井県の沿岸部には原発が立ち並ぶ。福島県の太平洋沿岸に原子炉10基、福井県の日本海沿いに廃炉作業中を含め15基。「原発銀座」と呼びならわされている。

やっかいなことだ。この2つの地域が原発銀座になったのは、原子力発電所に必要な水辺に広い土地――立地条件に適した場所(津波や断層は別にして)があったことと、国が原発誘致促進のために「電源立地地域対策交付金」制度をつくり、地元の自治体がその交付を望んだためである。原発を受け入れれば地方自治体へ国から交付金がくる。原発の固定資産税も入る。国の電源立地地域対策交付金(電源には原子力以外にも水力・火力も含まれる)は2017年度予算で824億円。

たとえば、福島原発銀座の大熊町は大雑把にいって毎年20億円ほどの交付金を約束されてきた。この交付金は、原発の建設前から始まって運転開始のあとも年ごとに支払われる。公共施設・地域の福祉・交通・教育・催事などの支出に充てることができる。地方自治体にとっては魅力的な財源だ。くわえて、大熊町には今回の除染に関連して、中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金が400億円弱支払われた。

大熊町の町の財政は原発によって他の市町村よりうるおっている。だが、そのお金を使って豊かにする町自体がいまや無い。町民11,505人は町を離れて避難生活を続けている。ミダス王を思わせる悲劇である。

福井県の原発銀座地域にある小浜市は、過去、原発立地の誘いを受けたことがあるが、市民の反対する声が強く、誘致話を断った。小浜市は断ったが、近隣のおおい町と高浜町には、大飯原発と高浜原発がある。



5 焼却減量

福島県・浜通りの原発銀座の市町村に「減容化施設」という聞きなれないものがつくられ、運転されている。

東日本大震災・津波で壊れた家屋の残骸や、福島第1原発の爆発で放出された放射性物質の除去作業で取り除かれた草木など、焼却処理できるものを燃やす、ゴミ焼却施設だ。

通常のゴミ焼却施設であれば、ゴミを焼き、その灰からダイオキシンや重金属を取り除いてスラグにし、土木作業などに利用している。ゴミ焼却場はゴミの最終処理場である。



減容化施設とゴミ焼却場の違いは、減容化施設がゴミ処理の中間施設である点だ。減容化施設ではゴミを燃やしてその容積を減らすのが目標だ。残った灰は放射能濃度によって2つに分けられる。1キログラムあたり8,000ベクレルから10万ベクレル以下のものは、セメントで固形化される。セメントで固形化された灰は、灰から放射性物質がしみ出ないような防水処置をして埋め立てられる。
10万ベクレルを超える灰は中間貯蔵施設に持ち込まれる。

中間貯蔵施設に持ち込まれた灰の最終処分場は未定である。どこでどうやって最終処理するのか、この先紆余曲折があるだろう。

放射性物質の処理はやっかいである。日本で原子力発電が始まって半世紀が過ぎたが、原子力発電所が出す使用済み放射性廃棄物「核のゴミ」の捨て場はまだ決まっていない。政府は地下数百メートルに埋める「地層処分」の方針だが、どこの地下にするかが、ネックになっている。使用済み核燃料の中間貯蔵施設がある青森県と事故を起こした東電福島第1原発のある福島県以外の場所を政府は候補地に考えているようだ。

候補地募集にあたって最初は、核のゴミ処理場を受け入れてくれる市町村には、国から最初の2年間最大20億円の交付金が支払われる仕組みが設けられた。高知県東洋町が2007年に手を挙げたが、住民の反対運動が起き、推進派の町長が町長選挙で敗北し、新しい町長が2008年に応募を撤回した。

東洋町は財政難を交付金で何とかしようとしたのだが、核のゴミとなると町民の意見は賛否真っ二つに割れた。やがて反対派が力を得て、応募を決めた町長は町長選挙で敗北の憂き目にあった。全国の自治体関係者はこの一件を見ている。放射性物質の最終処理場受け入れは、放射線量の強弱に関わらず、自治体首長の政治生命を脅かし、さらに住民の一体感を破壊してしまうことを、いまでは自治体関係者は懸念するようになった。

その後、国は交付金を積み上げた。使用済み核燃料の処理の候補地として自治体が調査を受け入れると、最初の文献調査の段階で最大20億円の交付金を出す。次のボーリング調査などの段階に入れば、最大70億円の交付金を支払うことにした。だが、手をあげた自治体はまだない。

世界では31の国が原子力発電を利用しているが、そのうち、核のゴミの処理場が確定しているのはいまのところ2ヵ国だけである。



6 線量計

福島県・浜通りの原発銀座では町のあちこちに線量計が設置されている。時々刻々の放射線量をデジタル表示している。道路沿いにある気温表示や時刻表示と同じようなサービスである。



空間放射線量は測定地によってその値が異なる。福島第1原発に近い地点の線量が、遠く離れた山間の地より低いこともある。

爆発した福島第1原発から南に10キロほどの富岡町の減容化施設構内の線量計が0.068マイクロシーベルトを示し、同じ日、北に16キロ離れた常磐線の小高駅駅舎内の線量計は0.123マイクロシーベルトを示していた。

新宿区の大気中の線量が0.03マイクロシーベルトあたりだ。新宿の人は通常、空間線量など気にもかけないだろうが、原発銀座の人はつい線量計の数字に目が行く。だから、JRの小高駅待合室に、ご安心くださいと線量計が設置されている。

福島県のサイトに201741日時点での避難指示区域のイメージ図が掲載されている。赤い部分が帰還困難区域。黄色が居住制限区域。緑が避難指示解除準備区域。帰還困難区域の赤いゾーンが第1原発のある大熊町・双葉町から北の方向にのびているのがわかるだろう。

1原発のベントや爆発で空中にばらまかれた放射性のチリが風に乗って流れて行ったのがこの方向だったらしい。

そういう意味で、2017年春、朝日新聞などが伝えた韓国人核物理学者による韓国原発事故の影響予測は他人ごとではない。

韓国南東部の釜山市の海沿いに韓国で最大規模のコリ(古里)原発がある。このコリ原発が自然災害、テロ、ミサイル攻撃などで電源が断たれて水素爆発を起した場合、韓国では54000平方キロメ―トルが避難対象地域になり、最大2430万人が避難を余儀なくされる。

一方、偏西風に乗って放射性のチリは東に流れ、日本では最大6700平方キロメートルが避難対象地域になり、最大2830万人が避難を余儀なくされる。

セシウム137の半減期である30年を過ぎても、最悪の場合、韓国で1900万人、日本では1840万人が避難を続けねばならなくなる。また、被害は北朝鮮や中国にも及ぶ。

このシミュレーションを行った米国のシンクタンク・天然資源防衛委員会上級研究員カン・ジョンミン博士らは、次のように警告している。商業用原子炉の数は日本・韓国・中国で100基に及ぶ。核施設の密集地である東アジアは、核の惨事に関しては運命共同体である。

うかうかしていると、日本全国にリアルタイム線量計が置かれるような事態も起こりうるという警告である。


(写真と文: 花崎泰雄)