1 日曜画家

新宿御苑の落ち葉を敷きつめた広場。日曜画家が集まってくる。たいてい水彩画だ。今の時期だと使う絵具は少なくて済む。

公園の日曜画家は女性が多い。定年後の男性には絵よりカメラで遊ぶ人が多い。最近は年配の女性も写真にはまっている。重い一眼レフに、これまた重い高倍率ズームレンズをつけ、なかには三脚までかついでいる人がいる。

水彩画とはいえ、描き終るまで同じ場所で制作を続けなければならない。風の冷たいこの時期、ちょっと辛いことだろう。

ヘタウマ絵画の開祖アンリ・ルソーや、玄人はだしの日曜画家ウィンストン・チャーチルのような人が、公園の日曜画家たちから生まれるといいな。



2 街のあかり

この時期は日本国中の街のあちこちでイルミネーションが輝いている。あかりは贅沢だが、LEDが使われているので電気代は意外に安くあがるらしい。



東京・六本木のミッドタウンに行ってみた。中央の広場のほか周辺のあちこちにイルミネーションが点灯されて、使用電球は合わせて約50万個という。

「ここは一方通行でございまーす」「左側通行でお願いしまーす」「危険ですのでコンクリート・ブロックの上に立たないでくださーい」。警備員が大勢動員されている。

冬の戸外でのイルミネーション見物はさすがに冷えるので、恋人同士肩を寄せ合い、手を握り合い――抱擁し合っているのは見かけなかったが――入場料のいらない見物で親密さを深めるいい機会などと思っていたが、親子連れとか、年配の女性のグループとか、ポスト・ロマンス派の人が多かった。

イルミネーションを見終わって、空調の行き届いたミッドタウンの建物にもどってくると、食事にワイン、ケーキにお茶、などなどのお店が、ほっと一息のみなさまをお待ちしているという仕掛け。

冬の誘蛾灯である。



3 歳の市

浅草寺境内でやっている歳の市を見物してきた。



むかしは迎春用の物品を売る市だったそうだが、今ではもっぱら羽子板を売る「羽子板市」に特化している。

例年テレビが浅草寺の羽子板市の様子を放送するので、大勢の人がやって来る。

いまどきお正月だからといって羽根つきをする人はそう多くないだろうから――それに羽根つきとはバドミントンのことだと思っている人もいるだろうから、羽子板はいま縁起物、飾り物である。

境内では数十店舗が縁日用の屋台売店を組み立て、売り子が法被姿でぶら下がった裸電球――それも昔懐かしい白熱灯――の下で、羽子板を売っている。

見たところ羽子板を買う人よりカメラを持参して羽子板の写真を撮る人の方が多いようだ。



だがおかげさまでというか、雷門から仲見世を抜け宝蔵門から本堂に至る道はぎっちりと人人で詰まっている。浅草寺周辺のお土産屋さん、食べ物屋さん、道路端の観光人力車のお兄さん、雑踏警備のおまわりさん、みんな忙しい年の暮れである。

羽子板市のあとは大晦日・元旦に大勢の人たちがまたおしよせてくる。



4 水面

水の色は空の色。青天だと水面は青く、曇天だと暗く鈍い。薄日が差したり、太陽が雲に隠れたりする、はっきりしない天気の日は水面もはっきりしない。



清澄庭園の池。風が無い。水鳥が水中に潜ると、そこからかすかな波紋が池の表に広がり、消えようとしない。

最前からじっと池の面を凝視している人影がある。微動だにしない。達磨さんの面壁9年といった厳しさがある。何考えているのだろう? こっちも考えてしまう。いや、座禅と同じで何も考えていないのかもしれない。

こういう贅沢な時間が持てる冬の庭園はありがたい。

清澄庭園は江戸期の大名屋敷に使われた回遊式林泉庭園だそうで、さる大名家の下屋敷あとを岩崎弥太郎が買い取って庭づくりを始めた。現在は東京都の公園である。

池の周りを歩いていたらあでやかな和服姿に日傘をさした女性にカメラマンが肉薄し、撮影していた。清澄庭園には集会施設があり、予約すれば料理も出してくれるので、ここで結婚披露宴をするカップルもいるそうだ。



結婚披露宴だとすると出席者で庭園内がざわついているはずだが、静かなものだった。写真撮影のために庭園に来たのか。

それにしては結婚相手の男性の姿が見えないのが不思議だ。

とすると、なにか宣伝用の商業写真の撮影だろうか。そうだとすると、ポートレート写真用のレフレクター・パネルを持ったカメラマンの助手がいるはずだ。だが、そのような人物の姿もなかった。

風景は光の加減次第だ。水面を見つめる人物のすがたには冬の厳しさがにじみ、日傘の女性には小春日和の暖かさがあふれる。



5 息災

12月は詐欺犯罪が1年中で最も多い。オレオレ詐欺などいわゆる振り込め詐欺は昨年の場合、警察庁の統計で年間390億円を超えた。オレオレ詐欺の被害者の半数が70歳以上の女性である。



高齢の女性の人気スポット巣鴨のとげぬき地蔵へ行った。巣鴨駅で降りて、地蔵通り商店街の通りに向かうと、右手の信用金庫のビルの壁面に巨大な「警告」が張り付けてあった。これだけ大きいと迫力がある。効果も絶大であるといいのだが。

とげぬき地蔵こと巣鴨の高岩寺の本尊の地蔵は秘仏で一般の人は拝謁が許されていない。代わりに「御影」という印刷物を有償配布している。これを痛いところに張ると楽になるのだそうである。

どこか体に悪いところがある人は金箔を買って仏像のその場所に張ると楽になるという信仰があちこちのお寺にある。

そういうわけで、秘仏・とげぬき地蔵を拝めない高岩寺には、代わりに「洗い観音」という仏像がある。この仏像に水をかけて「そのところ」をあらうと、自分のからだの「そのところ」が楽になるという信仰が設けられた。



黒々とした健康そうな肌の観音像である。



6 クリスマスツリー

JR上野駅の中央改札コンコースに大きなクリスマスツリーが飾られている。2011年から始まった飾り付けだから、今年が6回目になる。

2011年は東日本大震災・津波の年だ。被災者を支援する目的で、ツリーの飾りを被災地の女性たちに造ってもらい、上野駅に飾ったのが始まりだ。



今はどうか知らないが、かつて東北は上野駅から始まるといわれていた。「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聞きに行く」という啄木の歌にあるように、東北訛がきこえる場所だった。新幹線が脱兎のごとく走るようになってからは、駅は列車に乗り降りするだけの場所になった。その東北新幹線もいまでは東京駅が始発だ。

とはいえ、上野駅は東北の入り口だという気分が強く残っているのだろう。上野駅の東北被災地に対する連帯の表明がこのクリスマスツリーである。



7 枯れ蓮の池

上野・不忍池は蓮の花の名所である。

夏には緑の蓮の葉が池をうめ尽くす。午前中に行けば無数の花が開いている。豪華絢爛。

その蓮も季節が移り、秋ともなれば「破れ蓮」となり、冬には「枯れ蓮」となる。



「年年歳歳花相似たり。歳歳年年人同じからず…………まさに憐れむべし半死白頭の翁。この翁の白頭眞に憐れむ可し。これ昔は紅顔の美少年」とは世のならいである。

2020年にはまた東京で二番煎じのオリンピックをやる。1964年の東京オリンピックの市川崑監督の記録映画は良かった。なかでも一番よかった映像はベラ・チャスラフスカの体操の演技だった。チャスラフスカの演技をスローモーションで撮影し、それに蓮の花が開く様子を重ねた。

今年の夏、チャスラフスカの訃報を新聞で読んだ。彼女は1968年のチェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」の「二千語宣言」の署名者でもあった。宣言への署名を撤回するよう圧力を受けたが拒否した。1989年の「ビロード革命」の後、ハベル大統領の顧問役を務めた。すい臓癌を患っていた。

不忍池の枯れ蓮は年が明けると、作業員が筏に乗って池を遊弋して刈り取る。春になって隣りのボート池でボート遊びができる5月ごろには、再び池に蓮の葉が現れ、やがて池は蓮の葉でうまり、花が咲き、また破れ蓮となり、枯れ蓮に至る。

不忍池の蓮は江戸時代から有名で、池からとれるレンコンを食べていた。現在ではレンコン栽培を目的にした手入れはしていない。



8 いらっしゃい

上野のアメ横はいつもごった返している。

「閉店セールだ。安いよ」と台の上で男が叫んでいる。
「マグロ千円」と怒鳴る塩辛声がある。
「ケバブ!」という呼び声も聞こえる。



その隣のアジア屋台では、中国・台湾料理・タイ料理がごっちゃになったようなものを、客が必死に食べている。そうした喧騒の中を110万人ともいわれる買い物客・見物客が入り乱れて歩いて行く。

台湾の夜市やタイのナイトマーケットのようなエキゾチックな面白さがある。欲望全開の雰囲気である。アメ横の起源である戦後の焼け跡市や闇市の匂いもかすかに残っている。

いまや迎春準備の買い出しの名所になったアメ横は、これから大晦日にかけてが正念場だ。

迎春用食品は近くのスーパーで買ってもいいし、デパートに行ってもいいし、築地場外市場へ出かけてもいいし、何も買わないで正月は冷蔵庫のお掃除料理でまにあわせてもいい。年の瀬にアメ横に買い物客が殺到するのは、この年の瀬狂想曲のあわただしさにどっぷりと身を浸したいという隠れた願望があるためかもしれない。

上野駅前から山手線御徒町駅までの高架沿いに400店ほどの店舗が集まっている。暮れが押しつまるとここへ150万人もの人が詰めかけるという。

筆者の親戚にも毎年、築地場外やアメ横へ行って正月用の食品を仕入れ、年始にカズノコを持参してくれる人がいる。

有難くカズノコを頂戴して「築地でしたか? アメ横でしたか?」とお尋ねするのがならいだ。



9 笛吹けど

いつごろからだろうか。アンデスの民族衣装をまとった人たちが日本の街頭で「エル・コンドル・パサ」などのフォルクローレを演奏し始めたのは。

ペルーやボリビアからの出稼ぎアーティストだろうか。あるいは、移住してきた人たちが郷愁に誘われてやっているのだろうか。フォルクローレの街頭アーティストは日本の街だけではなくヨーロッパの街でも見かける。



師走の上野公園にも“コンドル”が舞い降りて演奏していた。あいにくと月曜日だった。動物園は休園、東京国立博物館や他の美術館も休館。気の毒なほど人通りが少なかった。

冬枯れ。



10 閑散



上野公園の噴水広場がこんなに閑散とした姿を見せるのは珍しいのではなかろうか。

冬の日が西に傾き、物の影が冷たいコンクリートに長く伸びている。ここで上野名物のカラスがカアーと鳴けば一丁上がりだ。

まことにさびしげな風景だが、自撮りをしている二人の娘さんがわずかにあたたかさを添えている。

人口減が続けば、こんな風景が常態になるのだろう。



11 湯湯婆

谷中銀座へ下る石段「夕やけだんだん」。近くの店先に並べられた雑貨の中に湯たんぽがあった。それも昔懐かしいブリキの湯たんぽである。



湯たんぽを見ると、大学の英語の教室で読んだ、ジョージ・マイクスの How To Be An Alien にあった「ヨーロッパ大陸の人のベッドには愛があり、英国人のベッドには湯たんぽがある」という一節を思い出す。

この人はハンガリ生まれのジャーナリストで、英国に帰化し名前がミケシュ・ジョルジからジョージ・マイクスに変わった。皮肉っぽい軽い冗談をちりばめた異文化論を得意としたジャーナリストだった。

湯たんぽは漢字では「湯湯婆」と書く。冬になると「ユタンポ」の語源が新聞雑誌のコラムで取り上げられる。柳田国男が容器を叩いたときの音といったとか、もともとは昔の中国で生まれた言葉である湯婆に日本人がさらに湯の字をくわえて湯湯婆とした、とか。

中国では「婆」とは妻や母をさす。夏目漱石の俳句に「なき母の湯婆やさめて十二年」があり、松根東洋城の句には「いにしへの遊女といぬる湯婆かな」がある。この国の寝床には湯たんぽも愛もあるのである。

子どものころ見た湯たんぽはたいていブリキ製だったが、いまでは樹脂製が主流になった。ペットボトルにお湯を入れ、タオルでまいて湯たんぽにしている簡便派もたくさんいる。



12 歳神

201711日午前零時。外の気温は3度くらいで少々寒い。歩いて10分ほどのところにある小さな神社へ行ってきた。無信心者なのでお参りはしない。写真を撮りに行ったのだ。



文化庁の統計では、2013年ごろ日本全国に81千の神社と76千のお寺があった。2017年このうちどのくらいの社寺が初詣の対象になったのであろうか。

同じ文化庁の資料では、日本には神道の信者が9100万人にいて、仏教信者が8700万人いるそうだ。ということは、相当数の人が両方の信者を兼ねているわけだ。ムスリムで同時にクリスチャンという人はまずいないだろうから、これは日本人のかなりの部分が宗教なんてどうでもいいものと思っていることの傍証である。

統計数理研究所の国民意識調査では、宗教を信じる日本人が約3割、信じない・関心がない人が約7割。この割合は多少の異同はあっても、この数十年基本的には変わっていない。

総務省の調査では2013年ごろ、寄附・献金、お賽銭、お守り、護摩などに支出した信仰祭礼費は1世帯当たり年間15千円ほどだった。

稲田防衛相が暮れの29日、靖国神社を参拝した。稲田氏は「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝した」「玉串料は自費である」とメディアに説明した。

靖国神社とはつながりの深い防衛大臣だから、自費といえどもそれなりの面目をそこなわない額の玉串料だったのではないか推察される。少なくとも、一世帯当たりの平均的年間信仰祭礼費を軽く上回っていたことだろう。

国会議員が靖国神社へ行く理由は右寄りの層を対象にした集票活動だから、参拝した議員や大臣たちがいかほどの額の玉串料を出しているのか、政治ニュースとして知りたいものである。一覧表が出来れば、テレビの午後のニュースショーや夕刊の格好の話題になる。



13 苔の衣

箱根・芦ノ湖は正月の東京箱根駅伝の折り返し点だ。かなり前のことだが、お正月を箱根・仙石原のホテルで過ごした時、芦ノ湖の湖畔で暖かい甘酒をもらった。駅伝の観衆にふるまわれた。芦ノ湖は標高が700メートルで、平地より寒い。

その湖畔に箱根神社があり、境内に苔むした狛犬がある。



後撰和歌集17雑歌3に、

いそのかみといふてらにまうてゝ日のくれにけれは、夜あけてまかりかへらんとてとゝまりて、このてらに遍昭侍、と人のつけ侍けれは、ものいひこゝろみん、とていひ侍ける
 岩のうへにたひねをすれはいとさむし苔の衣をわれにかさなん      小町

返し
 
よをそむく苔の衣はたゝひとへかさねはうとしいさふたりねん    遍照

のかけあいが収められている。

僧侶や隠遁者が着る粗末な苔衣も使い方次第ではホカホカの電気毛布のようになる。苔の衣のきぬぎぬも洒落たものだ。

苔の衣はどちらかと言えば否定的な感触があるが、

 わが君は千代に八千代に細れ石のいはほとなりて苔のむすまで
                           (読人しらず・古今和歌集7賀歌)

こちらの苔は肯定的な価値を示唆する。

というわけで、ことわざ「転石苔むさず」の苔には、肯定的な価値とそうでない意味が含まれる。研究社の『新英和大辞典』を引くと、“A rolling stone gathers no moss.”を米国では、活動的な人はいつも清新である、という風に理解する人もいる、と書いてあった。

苔の生えている重厚な狛犬がある神社と、いつも磨き立てのような清新な狛犬がある神社がある。一口に神道と言っても、それぞれの神社の習いや宮司の性格が狛犬に反映するということだろう。



14 湖上寒風

観光地箱根は大涌谷周辺の火山活動活発化で、訪れる観光客が減った。2016年年中の統計はまだ出ていないが、2015年の1年間で箱根に来た観光客は前年より18%すくない1700万人あまり。宿泊客は20%減の366万人だった。2016年は回復の兆しが見えたのだろうか。



写真のストックが尽きたので、あした街に出て何枚かとってくるつもりだ。では、それまで。



15 7420万円

15日、東京・築地市場の水産物の初競りで、青森・大間産のホンマグロ1本に7420万円の値がついた。2013年の15540万円に次ぐ高値だ。

メディアの報道によると、初競りのマグロは、びっくり値段の2013年の後、2014736万円、2015451万円、20161400万円と比較的地味な傾向だった。それが、2017年に一気に7000万円台に跳ね上がったのは、トランプ・バブルの憶測に踊り始めたせいだろうか。まさか。

落札したのはすしチェーン店・すしざんまいを経営する会社で、2013年の初競りでも15540万円のマグロを落札している。

そこで築地場外市場へ行ってみた。



話題のすしチェーン店がある路地はお祭りのような人ごみで、「最後尾」と朱書きしたプラカードをもって、店の人が混雑整理にあたっていた。

最後尾の人がすしにありつけるまでには、さて、どのくらいの時間が必要だったのだろうか。

 

それはそうと、築地市場の豊洲移転はいつになるのだろうか。築地に来たついでに波除神社の正月の賑わいをのぞきに行った。



16 おとと

正月にはマグロのトロ、アワビの煮つけ、サワラの西京漬け、カマボコ各種を食べた。築地市場のマグロ初競りの後でにぎわう場外市場の路地の混雑も見た。

そこで水族館に生きた魚を見に行った。



数年前までは生きた大型マグロが水中をすいすい泳ぐ姿を東京・江戸川区の都立葛西臨海水族園で見ることができた。

マグロは口から水を吸い込んでエラを通し、その時酸素を体内にとり込む。自分でエラを動かせないので、死ぬまで泳ぎ続けなければならない。でないと、窒息死する。という話をどこかで読んだ記憶がある。

葛西水族園では、2014年末から2015年初めにかけて、巨大水槽のなかのマグロが次々に死んでいった。いわゆるメディアの話題になったマグロ大量死事件である。

死因を調べたところ、原因は複合的で、細菌感染、水槽の壁へ激突、ストレスなどだった。そういうことで、水槽から大型マグロが消えてしまった。

現在はクロマグロの幼魚を入れて大きく育ってくれるのを待っているところだ。マグロ水槽の底ではマンボウがゆっくりと漂泳している。



17 冬籠り

上野動物園に行ってきた。冬のウィークデーの動物園はどこか侘しい。

動き回っているのはホッキョクグマとアザラシ程度で、鳥類は止まり木で体を丸めたままじっと動かず、インドライオンやマレーのトラなども奥に隠れたままで姿を見せない。



それに第一、観客の人間も少ない。興ざめして出口へ向かった。パンダ舎の前まで来てふと見ると、パンダがのそのそ動いている。「白いところが薄汚れてなんだかさえないね」と大人が子どもに語りかけている。パンダ舎の周りにも、人影は少ない。

つまらないので精養軒によってハヤシライスを食べてさっさと家に帰った。



18 雪吊

六義園をのぞくと立派な雪吊があった。



雪の重みで木の枝が折れるのを防ぐための工夫だ。といっても東京で雪が降るのはまれだ。積雪となると冬の間に1回か2回だろう。それも重みで枝が折れそうなるほどの雪はめったに降らない。

しかし、六義園の雪吊を見ると、冬の庭園の雰囲気をよく演出している。アクセサリー効果は十分である。

数年前の12月に金沢に行ったとき、ホテルで目を覚ますと雪になっていた。そこで兼六園に雪見に行った。これがその時の写真。



雪が降ればさすがに雪吊がさえる。



19 あたりに人なし

浜離宮庭園は今や高層ビル群と向かい合っている。そこには、死にいたる違法な長時間労働で新入社員が自殺に追い込まれた広告会社・電通の本社もある。電通の社長は引責辞任を表明したが、電通を労働基準法違反容疑で書類送検した厚生労働省は「社長1人の引責辞任で済む話ではない」捜査を続けるかまえだ。

私が利用する地下鉄の路線は勤め先から郊外の自宅に帰る人が多いので、夕方から夜更けまで満員状態が続いている。長時間労働(付き合いで得意先や同僚・上司と酒を飲むのも仕事のうち)でへとへとになった勤め人が優先座席を占拠して死んだように眠っている。しらふの人はスマートフォンとにらめっこしている。

同じ東アジアの国でも、ソウルやタイペイの地下鉄では少々混んでいても優先座席は空席のことが多く、頑健な青壮年が優先席に坐る姿はあまり見かけなかった。

あれ、浜離宮庭園の話が何で地下鉄にとんでしまったのだろうか。



浜離宮庭園は汐留のオフィス街のすぐそばにあり、隅田川を行き来する水上バスの発着所も園内にあって、気候のいい時はにぎわっているのだが、冬のウィークデーともなると、ご覧の通り。

広い芝生の広場にひと気なし。人だらけの東京ではめったに得られない贅沢な空間を満喫できる。



20 光顔巍巍

光顔巍巍 威神無極  如是焔明 無与等者  日月摩尼 珠光焔耀
皆悉隠蔽 猶若聚墨  如来容顔 超世無倫  正覚大音 響流十方
戒聞精進 三昧智慧  威徳無侶 殊勝希有  深諦善念 諸仏法海
窮深尽奥 究其涯底  無明欲怒 世尊永無  人雄師子 神徳無量
功勲広大 智慧深妙   光明威相 震動大千  願我作仏 斉聖法王
過度生死 靡不解脱  布施調意 戒忍精進  如是三昧 智慧為上
吾誓得仏 普行此願………

東京メトロ築地駅で降りて、築地市場へ向かう道は築地本願寺の前を通る。久しぶりに、この風変わりなインド風のお寺を見た。



建物前の広場に石灯籠が立っている。大きな文字で「光顔巍巍」と彫られている。調べてみると、浄土真宗の「嘆佛偈」というものだそうで、「光顔巍巍」とは釈迦の光り輝く広大な尊顔、という意味らしい。お屠蘇で照り映えている赤ら顔ではないのである。

冒頭に「嘆佛偈」の始めの部分を写しておいたので、節をつけてお読みください。清々しい1年の始まりになるでしょう。



21 渡れぬ橋

橋はあらまし出来上がった。だが、まだ渡れない。築地大橋は宙ぶらりんである。

2020年の東京オリンピックに備えて、選手村や競技会場を結ぶメインの道路の架け橋になる予定だった。諸般の事情で開通が遅れている。



東京都の豊洲新市場の開場が、土壌汚染問題の新展開ともいうべき盛り土問題の発覚によって見通しが立たなくなった。昨年11月に豊洲に移転する予定だった築地市場は現在なお築地にある。

築地市場が空き地にならないと、都道・環状2号が地下トンネルから地上に出て、築地大橋にアクセスする部分の工事が始められない。もし予定通り市場の移転が進んでいたら、昨年12月から工事が始まっていた。

トンネルを掘るには時間がかかり、もうオリンピック開幕には間に合わないかもしれない。そういう予測をメディアが流している。

オリンピックの時はたいていの場合、施設の完成が開幕に間に合うかどうか、という報道で賑う。先のリオ大会の時も、工事の遅れの話題で盛大に盛り上がった。

だが、東京は2度目の開催にもかかわらず、2年以上も前から、「間に合う」「間に合わない」が始まった。といって、心配しているわけではない。2020年のその時は、うるさい東京を離れてどこかに避難するつもりだから。東京五輪吾事に非ず、という都民の1人だから。



22 C11


今日(113日)から数日間、寒波がやって来て日本のあちらこちらで大雪、荒れ模様の天気になると、テレビが予報していた。



東京から静岡にかけての冬の太平洋側は、日本にしては珍しく湿り気の少ない、空気の乾燥した好天が続く。

新橋駅で降りたら、駅前広場に展示してあるC11型機関車が雪をかぶっていた。鉄道開業100年にあたる1972年に、由緒ある新橋駅に設置された。

いまでは見慣れた新橋風景にすっかり溶け込んでしまった。広場を行く人は機関車など見向きもしない。急ぎ足で広場を横切る。

(写真と文: 花崎泰雄)